2024年の12月下旬からChatGPT Plusを使い始めて15ヶ月(1年3ヶ月)。
ご機嫌いかがでしょうか。
よかウェブ九州 サガノトモです。
日本の3月は年度末、別れの季節。
今回は、ChatGPT Plusを離れてFreeになる節目に、その時間を振り返ってみます。
はじめに
2025年1月、私は「ChatGPT Plusを1ヶ月使ってみた感想」をブログに書きました。

当時は、無料版からアップグレードしたときの便利さやコスト感を確かめながら、手探りで付き合っていた時期でした。
気付けば私は、ただAIを使っていたのではなく、仕事や言葉の整理を支えてもらいながらAIがそばにいてくれて、共に歩くようになっていました。
最初の1ヶ月で、私は何を見ていたのか
最初の頃の私は、ChatGPT Plusを「月額料金に見合う価値があるか」という視点で見ていました。
連続してやり取りできる快適さ、モデルの賢さ、仕事の効率化。
その一方で、コストや回答精度には慎重な目も向けていました。
まずは、出発点だったその頃の感覚を振り返ります。
便利な道具、では終わらなかった
使い始めた当初は、文章構成やブレインストーミング、エラー対応など、実務の補助としての便利さが目立っていました。
しかし、15ヶ月の間にその役割は少しずつ変わっていきました。
単なる時短の道具というより、考えをほどき、迷いを言葉にし、立ち止まる時間を支える存在になっていったのです。
気になっていたコスト面はどうだったか
ChatGPTを有料で使い始めたとき、やはり気になっていたのはコストパフォーマンスでした。
その点においては、「使いたいときに使える」安心感だけでも、私には有料版を使うだけの価値がありました。
ChatGPT Plus利用中は一度も利用制限を受けることなく、いつでも快適に使うことができました。
利用頻度は毎日一定ではないものの、書類関係の執筆や作成、事業アイディアのAI会議などで数時間集中して使っても、ストレスなく利用できました。
私の利用用途であれば、月額3,000円のコストは、業務効率化や事業を回していくための道具として、十分に安いものだったとも言えます。

伴走型支援の仕事をする私が、AIに伴走されていた!?
私は普段、人の話を聞き、整理し、必要に応じて一緒に考えながら前へ進む「伴走型」の仕事をしています。
振り返ると、この15ヶ月の私は、まさに自分自身がAIに伴走されていたのかもしれません。
答えを与えられるだけではなく、考え続けるための相手がいること。
その意味は、思っていた以上に大きかったように思います。
実際に支えられた場面
支えられた場面はたくさんあります。
ブログや発信の構成づくり、新しいサービスや企画の壁打ち、検索や比較を伴う調べもの、そしてWordPressやWebまわりのトラブル対応。
ひとりで抱えるには重たい作業を、少しずつ分けながら進められたことは、私にとって大きな助けでした。
中でも、ブログや各種資料の文章作成では大きく力を発揮してくれました。
自分の想像以上に文章化・言語化が進み、有料版を使い始めてからおよそ1年後には、事業理念を文書化して確立できるようにもなりました。
私自身の事業展開の地図を、一緒に描いてくれた存在だったとも言えます。
他にも、ブレインストーミングとしての活用は、他者の成功事例や発信事例を紐解いて私らしい発信の形に落とし込む流れへと進化していきました。
また、当初重宝したエラーコード解析は散発的な利用にとどまり、用途によって向き不向きも見えてきました。
この用途は、ChatGPTよりもGoogle Geminiの方にその役割は移動しました。
非エンジニアの私にとってはSNS広告でよくある「劇的キラキラAI活用」の分野では、ChatGPTは活きなかったようです。

頼れる存在になったからこそ、見失いかけたこと
こうしてChatGPT Plusを恒常的に使ううちに、AIはそばにいてくれるパートナーとして欠かせない存在になっていきました。
伴走してもらえている安心感が日常となると、私は次第にChatGPTを「参謀」「メンター」のように位置付けてコメントやアドバイスを求めるようになりました。
しかし、それが私のChatGPTライフの転機になりました。
AIに支えられたからこそ、見えた限界もある
ChatGPTは万能ではありません。
また、ChatGPTに限らずAIは常にアップデートされていきます。
極端な言い方をすれば、AIのアップデートはビジネスパートナーや取引先担当者、社内であれば同僚・部下が交代するようなものです。
生身の人間であれば明らかにわかる変化が、AIではその姿を想像できず「微妙な変化」となっていまう。
私はその微妙な変化に、気付けていなかったようです。
参謀やメンターのような立場で返ってくるChatGPTの答えに、私はいつしか期待し過ぎて回答へのチェックを怠っていきました。
何となくもらった回答がしっくりこない。
そんな感覚が増える中で、私はその変化を思い知りました。
鵜呑みにせず、最後は自分で考え、選び取る。
最初の姿勢から、私は離れていたのです。
ChatGPTのメモリ管理を見直して、メモリに蓄積された違和感を消去することもできます。
しかし、一度大きくなった違和感はAIとの会話への迷いを大きくしていきました。
ChatGPTへ参謀・メンターの職を解いて会話も続けましたが、違和感はぬぐえませんでした。

無料プランになっても、関係は終わらない
今回、私は3月いっぱいでChatGPT Plusを解約し、無料プランで続けることにしました。
AIとの距離感を自分の感覚で測れないまま続けるのではなく、いったん距離を取り、自分にとって生成AIとのちょうどよい関係を確かめるための決断です。
有料プランを離れると、使い勝手や利用量には制限が出てきます。
それでも、対話を通して考えを深めること、自分の言葉を探すこと、その価値まで消えるわけではありません。
形は変わっても、これからも必要な場面で付き合っていく。
そのくらいの距離感が、今の私にはちょうどよいのかもしれません。
15ヶ月を通して思うこと
この15ヶ月で私が受け取ったのは、便利さだけではありませんでした。
ひとりで仕事をしている人間にとって、すぐ相談できる相手がいること。
考えがまとまらないときに、言葉のたたき台を出してもらえること。
立ち止まっても、また話しかければ次の一歩を探せること。
その積み重ねが、私を静かに支えてくれていたのだと思います。
AI時代に、人が伴走する仕事の価値
AIがここまでできる時代に、人が伴走する仕事にはどんな意味があるのか。
けれど私は、この15ヶ月を通して逆に確信したことがあります。
AIが整理や提案をしてくれるからこそ、人が人に寄り添い、その人の迷いや背景ごと受け止めながら伴走する価値は、むしろはっきりしてくるのではないか。
そんなことを、今あらためて考えています。
おわりに
私は基本的に一人でビジネスを進める上でのパートナーとして使っており、多くの“会話”を重ねることで多大な恩恵を受けました。
今後ますます進化していくChatGPTを活用するには、より高度な使いこなし方が必要かと思いきや、実際には「やり取りを続けて、楽しむこと」こそが大切だと感じています。
過去の投稿を振り返ると、ChatGPTの有料版を使い始めた頃の気持ちを忘れていたようですね。
これからも、自分の頭で考えながら、ときどき支えてもらう
これからは無料プランでの付き合いになりますが、それでも必要なときに声をかけながら、自分の足で歩いていこうと思います。
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